(庭球心)  (部訓)

● 庭球心
▲ 解説 ▲
テニス選手の間であまりにも有名なこの名文はOBの福田雅之助が部に贈ったものである。現在も部室には額にいれた直筆の全文が飾られている。早稲田の選手のみならず幾多のテニスプレーヤーがこの言葉に感銘を受け勇気付けられた。早稲田の選手ではない松岡修造選手もウィンブルドンでマッチポイントを握った場面で「この一球は絶対無二の一球なり」と叫んでサービスを放ちベスト8進出を決めた。福田雅之助は1919年卒業、1922年第一回全日本選手権大会で優勝。1923年〜25年の間デ杯代表選手となる。1924年にはウィンブルドン大会とオリンピック・パリ大会に出場。海外遠征の研究成果としてイースタングリップを日本に導入し、著書も多数残し、日本のテニスの発展に大きく貢献した。福田雅之助から直筆で「この一球」を受け取り家宝にしているOBも多い。(以下の文章は掲載許可を得ているものである)
▲ 本気な人間になれ ▲ (By 福田雅之助)
君達は早稲田の校風を慕って早稲田に入学した学生であるから勉学が第一である。そして好きなテニスをするために庭球部に入った志を持った同じ庭球好きな人達の集りである。皆庭球の熱愛者である。選手はピラミッドの頂点であり部員はその土台を築いているのだ。その土台の多数の部員が頂点の選手を支持しているのだ。従って下積みの多くの部員がいなくては強い選手は出てこない。選手は部員の下積みの苦労に感謝し部員は選手を盛り上げる努力を喜んですべきである。ここに団結が生れる。従って上級生は下級生を思いやり下級生は上級生を敬い同僚は互いに親しみ励まし合うここに和の結合が生れる。左手が右手に従い手足が一つの動作に従うように協力し協心してより強い庭球部を造るのが部員のモットーである。部則には欣然として順う。徒らに批評したりしないでまず従順で自分の務めをしっかり行うべきである。君達は早稲田に入った時は素直に熱心にテニスしようと心を決したことだろう。その素直な心と純真な心を忘れないようにして欲しい。一年を過ぎると入学当初の純な心を忘れ勝ちになる。二年目に危機が訪れる。部生活にも馴れてきて心に油断が生れる。この時テニスを忘れて脇道に外れやすい。四年間熱心にテニス一筋にやれば教室で得られない教訓を体得出来る。「初心忘るべからず」庭球部にはロール引き・ライン引き・コートの水撒きなどという仕事がある。一年生は皆この仕事をしてきたのである。嫌なつまらぬことだと思うかも知れない。これは長年に亘って続けられてきた尊い訓練である。これを怠って得をしたと思ったら間違いだ。その怠けは逆に大きな損である。世界的の大選手になった故佐藤次郎も忠実にこれらをやっていた。忍耐力と辛抱心の試練がそこにあるのだ。自分の責任を喜んで果すことが庭球部員の資格である。つまらぬことと思わず喜んで進んでやる心があれば嫌でなくなる。つまらぬと思ったりするからつまらぬことになるのだ。小事を大切にして進んでやることで小事が大事となるのである。一たびコートに立ったらなんでもいつでも本気でやれ。球拾いをしていてもその球拾いを忠実に本気でやれ。本気でやればそのコートのプレーをよく見ることになる。サーバーがどっちだったかと、判らぬようなうっかりした球拾いをしていてはいけない。そのコートのプレーをよく見ていなければ、いい球拾いはできない。両プレーヤーをよく見ていれば、両プレーヤーの動きが判る。向うのプレーヤーがどこに打とうとしているかが判るようになる。こちらのプレーヤーがどう動くか考える。どうしてあんなつまらぬエラーをするかと自分に判るようになれば進歩である。そして自分もあんなエラーをしないようにする。他人のテニスを見なければテニスは進歩しないというのはそこにある。球拾いを本気でやればよい経験を得る。球拾いもコートを走ることも体操も本気でやって自分のものにせよ。テニスは生やさしいスポーツではない。あの球をラケットの真中でいつも打てるようになるには時と努力がいる。ある球の返球は相手コートのある場所にぴったり打てるようになるのは容易なことではない。一球に精神と動作を集中し一打に全精力を集中せよ。君達は確信を持って一打しているだろうか。半信半疑で球を打っていないだろうか。自信を持ってしっかり球を打てるまで精進努力し実力をつけるまで練磨すべきである。テニスは平生が肝心である。平生いい加減な練習をしていては。いざ試合となった時自分の力を十分発揮することはできない。練習即試合である。この心掛けでなければいい試合はできない。平生どんな練習をしているかが自ら試合に現れる。試合になってあわてても遅い。だから平生の練習をいつもベストを尽くしてやるように心掛けよ。そうすれば試合に自分の力が現れる。平生しっかりとした練習をしていなければ立派な試合は出来ない。試合を恐れず上らず無心でベストを尽せるようになるには平生の練習を試合と心得ていつもベストを尽してやるべきである。テニスに徹すればそこに哲学もあれば禅もある。テニスは巧くなり強くなることを目指すのはいうまでもない。テニスは巧い球を打って試合に勝つことだけではない。テニスの大きな目的の一つは、フェアプレーをしスポーツマンシップを発揮することにある。そこに勝敗を越えた「グッドスーザー」の所以がある。これが本当の眼目だと思う。だからコートマナーを立派にすべきだ。徒らに判定に対して不服な態度を取るな。判定は審判がするので自分がするのではない。エラーにして怒ってボールを叩きつけたり打ち飛ばしたりするのは悪いマナーだ。自制心のない証拠である。テニス眼のある人に笑われるだけである。時間を厳守して決し遅刻しないようにする。止むを得ず棄権する時は必ず通知して無断で棄権しないようにする。君達は必ず庭球規則を知っておいて規則に従ってプレーするよう努力せよ。ラインを踏んでサーブするようなことは規則違反である。フェアプレーの精神に反する。テニスはフェアプレーの立場において行われるのだ。ケイレンを起して休んでプレーできると思ってはいけない。プレーは継続すべきである。ケイレンを起したことは既に体力的に負けているのである。試合は技術だけで戦わすのではなく体力もそれに含まれているのだ。このことを忘れるな。スタンドにおいての拍手は自他にかかわらず、“グッドショット”にのみすべきである。度を越えた応援は醜態である。君達は平生の練習でインとアウトを正直に判定するようにせよ。こんなことは当たりまえのようだがこれはフェアプレーの大きな問題につながり大事なことなのである。要するに君達はフェアプレーを体得した立派なテニスプレーヤーになることだ。テニスを通じて本気な人間になることだ。いい人間がいいテニスを生むと私は思う。コート上でもコート外でも立派なスポーツマンに君達にはなってほしい 。
● 大治中女子ソフトテニス部 部訓(心構え)

▲ 目的と目標 ▲
 「目的」と「目標」は違う。試合で勝つことや,レギュラーを獲ることは「目標」であって,「目的」ではない。人それぞれ2年半で手に入れるべき大切な「目的」があり,2年半を通して少しでも人間として素敵な人間になることこそ,部活動の大切な「目的」であると信じている。ある人は“精神的に強くなること”かもしれないし,ある人は“あきらめない心を持つ”ことかもしれない,またある人は“周りに合わせることのできる心を身につける”ことかもしれない。大事なことは「勝つ」ことを目標にしながら,人間としての成長をすることだ思う。マナーや礼儀を学んだり,先輩や顧問との関係を学んだり,友との本物の友情を学んだり・・・。だからこそ,声を大にして言いたい。「2年半続けることに意味がある」と。それまでの道のりは決して楽ではない。だからこそ,成長するのだろう。「大きく変わる」と書いて「大変」と読む。その字のごとく,これから人間としていい意味で「大きく変わる」ために「大変」な思いをする。顧問のプレッシャーに押しつぶされそうになったり,友情や愛情に疑問を感じ,すべてを投げ出したくなったり,勝負の厳しさから逃げ出しそうになったり,そんなことの繰り返しの2年半だと思う。顧問としてそんな君たちの成長を目の当たりにするのは,楽しみな反面,心配である。しかし,引退するときに,いや引退して数年経った後に「テニス部でよかった」とテニス部員でいたことを誇りに思ってくれると信じている。「目的」と「目標」を見誤ることなく2年半を走り抜けて欲しい。2年半は苦しいだけの2年半かもしれないが、必ずや君たちの肉となり,心となる。そう信じ、そうなることを切に願う。

▲ 心豊かであれ ▲
 人として一番大事なものは,外見や形ではなく「心」であると信じている。「心」があれば,おのずと外見や形に表れてくるものだろうし,以下に述べる様々な大治中テニス部員としての心構えも自然にできるようになってくるはずである。今,何をすべきで,今,何を求められているかが分かる「心」の持ち主であって欲しい。友達の「心」が分かる人であって欲しいし,親の「心」や、先生たちの「心」を感じることができる人であって欲しい。誰かが傷ついていたらすぐに気づける「心」を持ちみんなと喜んだり,みんなと悩んだり,みんなで泣いたり,みんなで笑ったり,そんな心豊かな人であれ。そして何より,自分のことを大切にでき,自分に誇りが持てる人であれ。テニス部員として一番大切なのは「心」。

▲ 礼儀正しくあれ ▲
 とにかく礼儀正しくあれ。どの部活よりもどの生徒よりも礼儀正しくあれ。大きな声で「こんにちは」が言える部員であって欲しいし,勿論、顧問・先輩・友達に挨拶するのはあたりまえだと思う。他校や会場に試合に行ったとき,どの学校のテニス部よりも大きな声で挨拶ができる部活であって欲しい。また,出会ったときの挨拶の声だけではなく,その場に応じた挨拶ができるとか、誰よりも自分から最初に挨拶できるかとか、人の目をしっかりと見て人の話を聞けるとか,気持ちよい返事ができるとか、靴を揃えるとか、カバンを整頓して置くとか、脱いだものは畳んで置くとか、そんなことが自然にできる礼儀正しい人であれ。その部活がどんな部活かはその選手の礼儀を見ればすぐわかる。

▲ 気が利く人であれ ▲
 人として気がきく人になれ。誰かがボール拾いを黙々としていたら,黙ってそれを手伝える。誰かが重いものを持っていたら,黙ってそれを持ってあげる。誰かが少し落ち込んでいたら,黙って一緒にテニスをしてあげる。そんな心を持ち、気がきく人であれ。親に、顧問に、先輩に、そしてチームメイトに、さらには自分自身に気がきく人であれ。練習中、試合中常にペアにチームメイトにそして他の人に対しても声をかけるそんな心配りができる人であれ。言葉でないと伝えられないこともある。自分が追い込まれているときこそ、周りを見ることができる、そんな素敵な人であれ。


▲ 他の模範たれ ▲
 テニス部員はテニスだけをしていればいいなんて大嘘だ。テニス部員である前に,1人の中学生であり,1人の人間である。中学生として,人間として常に意識をして欲しい。他と比べず,常に今の自分と理想の自分を見比べられる人であれ。そして「テニス部を見習いなさい」と他の部活の顧問の先生が自分の部活の選手に言えることができるようなテニス部であれ。テニス部として大治中学生として,そして1人の人間として素敵な人であれ。よい人間より素敵な人間。よい人間より魅力的な人間。常にテニス部員であることを意識して部員であることに自負と尊厳を持て。

▲ 常に「今」できることを考え、上を向き、前に歩き、夢を持て ▲
 合言葉は「Aim for the TOP」(トップを狙え)。どんな状況になっても決して満足するな。決してあきらめるな。常に上を向き,前に歩け。自分がテニスが少し上手くなったから,少し声がでるようになったから,少し試合に勝てるようになったから,だからといって安心するようではテニス部では通用しないし,人間としての成長も望めないだろう。どんなに登りつめても、さらに、その上を見て決して満足するな。常に新しく夢を持て,レギュラーになれない時期がどんなに長くても,なかなか勝てなくても,どんなに嫌なことがあって苦しくても決してあきらめるな。必ずや自分の夢は叶うと信じて前を向け。そして、大切なことは「今」を生きること。人は過去を歩くことも、未来を歩くこともできない。過去を後悔することにも、未来に不安を持つことにも意味はない。常に「今」できる最善のことを考えよ。

▲ 声を大きく、素早く行動せよ ▲
 どんなときも「声」を出す。挨拶も返事も練習中も、声が枯れるまで,のどが痛くなるまで声を出す。そうすることで,自分の気持ちが乗ってくる。「うるさい!黙っとれ!」と言われるくらいの声で練習にのぞめ。行動は素早くテキパキと。ボール拾い,集合,コートチェンジなどとにかく,練習中で足を止めるときなどない。どんな動きも必ず意識して走って行動。そんな見ていて気持ちの良いチームであれ。「声」と「動き」を見ればそのチームはおおよそ分かる。心で自分の行動を左右されるのではなく,行動で自分の心をコントロールできる人間であれ。


▲ 学校生活・勉強・運動と両立せよ ▲
 テニス部員である前に,大治中学生である。生徒指導で名前が挙がるなんてもってのほか。正しく学校生活を送れる中学生であれ。また,「部活が忙しくて,勉強が・・・」なんて言い訳をするのは最低だ。どちらかが大事なんて、そんなことはありえない。どちらも大事で,どちらも手を抜いてはいけない。大変だけど,学校生活に勉強に,そしてテニスにすべてに全力であれ。テニス部員たるもの学校生活に積極的で、勉強に意欲的で、そしてテニスに真剣であれ。


▲ 常に努力を怠るな ▲
 必要なものはセンスでも,見栄でも,はったりでもない。必要なものは「努力」だけ。どんなにセンスがあっても努力なしでは生き残れない。また,どんなにセンスがなくても努力があれば生き残る。平気で休んだり,遅刻をするなどもってのほか。確かに友達との遊びを楽しみたい年頃だと思う。しかし,テニス部ではそういったもの惜しんで努力をして欲しい。決して遊ぶなということではないが,少なくともこの2年半は部活を最優先していろいろなものを考えて欲しい。そういった努力を怠るな。誰にも負けないくらいの努力を持て。誰にも負けない努力が、誰にも負けない結果を生み出す。結果がでないということは努力が足りないという表れ。努力は才能を上回り,気力は実力を超える。

▲ 真剣に勝負せよ ▲
 大切なものは決して「勝つか負けるか」だけではない。本当に大切なものは他にある。しかし、勘違いしてはいけないことがある。最初から「勝っても負けてもどっちでもいい」という訳ではない。「負けてもいいから・・・」なんて、そんなことで本当に大切なものは見つかりはしない。真剣に勝とうと思って、勝負をするからこそ本当に大切なものが見えてくる。真剣に勝負をして、その結果勝ったり、負けたりする。そうしてふと振り返ると自分にとって本当に大切なものが見えてきて、本当に大切なものが手に入るはず。だからこそテニス部員たるもの真剣な勝負をしなければいけない。

▲ 現実を受け止めよ ▲
 スポーツとはある意味,残酷なものである。弱肉強食の世界である。力があるものが試合に出て,力のないものが試合には出られない。しかし,大事なことはそれであきらめることではなく,それをバネに,よりいっそうの努力をすることである。下級生でも上級生でも試合には関係ない。レギュラーを決めるのは学年ではなく,実力の差であり、努力の差である。力のある者をうらめしく思うのではなく,見せつけられた現実をしっかりと心に受け止め,よりいっそう切磋琢磨せよ。どんなにうらやんだり、望んだりしたところで他人になることはできない。自分の実力を素直に受け止め、前に進むからこそ、自分にしかできないこと。自分だけの道が見えてくる。すべては努力への気づきであれ。

記 大治中学校女子ソフトテニス部顧問 水野賢太郎

すべてはこの中に詰まっている。一言一句無駄な言葉はない。自分が行き詰ったとき、自分が天狗になったとき、自分が悩んだとき、常にこの言葉を読み返せ。これこそがテニス部員としての理想のあり方。人として理想の生き方。


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